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以前付き合っていた彼女は、人にプレゼントする物を選ぶのに非常に優れた才能を持っていた。
彼女は誕生日にそのとき買ったばかりのラルフローレンのローファーに合うシューツリーをプレゼントしてくれた。
別れた今でも、そのローファーを履いて帰って来て、ブラシで埃を払い、シューツリーを入れる時に杉の爽やかな香りが感じられる。
その度に思う。自分が如何に自己中心的な人間なのかということを。
彼女の贈るプレゼントは本当に心がこもっていた。相手のことを考え思い、一つ一つの品物を吟味し、相手がそれを手にした時のことをよくよく想像していた。
僕はそこまでのことをしていただろうか?
もちろん努力はしている。しかし、しばしばその努力は忘れられ、進歩は象の歩みのように遅い。
そうして幾人かの友人——少なくとも僕はそう思っている——を失くしてきた。
こんな時、村上春樹の小説のスカした主人公なら、ウィスキーでも飲みながらハードボイルドな小説か哲学書でも読みながら眠るのだろう。



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いつもそうだ。少しでも酒を飲み始めると、先ほどまで考えていたことはアルコールの薄い幕の向こう側へと後退し自分が語るべき言葉を失くしてしまう。

「その程度で引っ込んでしますような思いは大した思いじゃないんだよ」

その通り。しかし、その大したことのない考え・思いが日々降り積もり僕らを構成している。
そしてその日々降り積もるオリをしかるべきタイミングできちんと引いてやらないと、致命的とまではいかなくても、濁りを残したバランスの欠いた存在になってしまう。

もう上手く言えない。言葉が浮かびすぎて。
日々の生活にうんざりしているのも事実であり、数学という枠組みにたいして今までに感じたことのないほど好意を抱いているのも事実だ。
焦燥感と不満と空虚さの間を行ったり来たり、針を振り切りながら振り子のようにゆらゆらと揺れる不安定な生活をなんとか安定させようともがくだけで1日が終わって行く。
なぁ、わかるだろう?







昔から、浴室に座り込んでシャワーを打たせ湯のようにしてボーっと物覚えに耽ることがよくある。

疲れが抜けきっていなくてついつい浴室に座り込んでしまった。
考えるともなく、子供の頃のこと、父のこと、以前の仕事のこと、去年のことそんなことが次々と一つ一つが別々のキーワードで人つながりとなって現れる。僕はしばしばそれを道のようだと感じる。
どこに続いていくかは曲がってみるまでわからないのだ。

卑屈な人間ではいけないと、自分に自信を持つよう意識してきた。
いつまでも過去の後悔をウジウジと人に話し続けるような自分にウンザリしていたし、その失敗を次に活かして前に進むほうが余程建設的なのは明らかだからだ。
ただ、自信というのは日々の小さな積み重ねが与えてくれるもので、そんなものがある日突然泉の底から湧いてきたりはしない。
森の奥の静かな泉に小石を投げ込んで波紋を立てると泉の精が現れて
「あなたが落としたのは大学を卒業したという自信ですか?それとも営業マンとして立派に活躍した自信ですか?」
などど尋ねてくれたりすることなどあり得ないのだ。
汚泥が腐敗しポコポコとガスが発生する沼のこそから魔物が現れて沼に引きずり込まれ、沼の底で堕ちた快楽に身を委ね時折正気になって自分を憐れむのがせいぜいだ。

根拠の無いところに無理に自信を持とうとしたところで、それは過去の逃げ出したことを覆い隠し、正当化しているだけの尊大な人間でしかない。

たまにそんなことを考えてしまって浴室で一人むせび泣きそうになる。

尊大さと卑屈さの両者を不規則な振り子が行き来する。



今のところ生活は順調だ。As smooth as ever.
今日は日曜日だ。うまい飯をつくって酒を飲もう。
砂肝のアヒージョがうまくいきますように。







外の空気をいくら取り込もうとタバコの煙をどれだけ深く吸い込もうと、杯の奥深く、うねうねと曲がりくねり微細に枝分かれした管の奥に広がる空洞の淀んだ空気を追い出すことができない。
それはまるで、暖房の効きすぎた車内の空気のように頭をボヤけさせ眠りを誘い、時には頭痛を引き起こし、思考を鈍らせ焦点を狂わす。

高校の同級生に言われた言葉がこだまし続ける。

環境を変えたって自分が変わらなければ意味がない。


分析するふりをして理屈をこねて、わかったふりをして冷静な顔して、自分以外の物に理由を見つけようとするのをやめよう。
いつだって問題は自分の中にあって、いつだって答えは自分の中から作り出されてきた。
人に何言われたって、結局は自分で咀嚼して飲み込んで消化して納得するまで動かないじゃないか。

それでも尚、外に助けを求めて叫びたくなる。
変わるためのエネルギーは膨大で、それをいつまでたっても自家発電することのできない俺は…


もうここまできたらやり切るしかないんだよ。
足掻こう。
手足がもげるまで足掻こう。





高校卒業からというもの魂の堕落にひたすら注力した結果、本気で物事に取り組むということができなくなってしまったのかもしれない。
長い年月をかけてついた分厚い心の贅肉は一朝一夕には落ちない。
ヤバイという感覚に慣れ、麻痺してしまっている。

あと2ヶ月半、12週間しかない。



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